『蛆姉妹の運命』 −− 1 −−  実装蛹の新しい生産法が最近公開された。  華々しく『翠の革命』とまで呼ばれていたが案外お手軽だったので試してみることにする。  というわけで出番だ、出産石。      デスーーッ デススススゥゥゥゥゥゥッ デスンデスンデズズーーン    我が家で食用出産石として飼っている実装石を檻からつまみ出してくる。  あいも変わらず元気に暴れてくれる。  この調子ならコイツもまだまだ当分大丈夫そうだ。  今年食った仔の服もだんだん積みあがってきた。  しっかり頑張ってくれよ。  普通に産みたて仔を食べる時は出てきた仔を適当にザルにとって流水で粘膜を流している。  しかし今回は出産直後の仔に少し手間のかかる処理をする。  だから出産石が暴れると面倒なので出産石を固定する。  仰向けにした出産石の両脚に畑に使う杭を刺して木槌で地面に打ち付ける。    ギャァァァァッ!ギャァァァァッ!デジャギャァァァァァァーーーッ!!!  上半身が腹筋運動をひととおり済ませたら、流れた血で両目を赤く染めて胎の仔を強制出産させる。  股のところに白い粉を盛った受け皿を用意しておく。    テッテレー♪  嬉しそうな産声をあげて胎の仔が生まれてくる。  大きな産声には口のところの粘膜を吹き飛ばして息が出来るようにする役目があるらしい。  あの産声を出すためのガスが胎仔の肺には充填されている。  いつも思うがまったく嬉しそうで命の喜びに満ちた声だと思う。  美味しいものには音があるというからな。  この元気で能天気な産声を聞くと胃も心も軽くなるような気がする。       レー♪テフッ?  生まれたばかりの仔実装がポフッと軽い音と白い煙を立てて白い粉の中へ転げ落ちていく。  これは肥料用石灰を篩(ふるい)にかけて細かいパウダー状にしたものだ。  顔面に張りついた石灰がだいぶ鼻と口に入ったようでテホテホ咳き込んでいる。    テテッ?テホッテホッ  粘膜に包まれ手脚の伸びていない蛆形態の仔実装に手早く石灰をまぶしつける。  それから顔のところの粘膜を雑巾でぬぐって呼吸に支障をきたさないようにしてやる。  目が開いた仔はこっちを睨んでいっちょまえにテフテフ文句をいっているようだ。  よしよし。元気に生まれてきてよかったな。美味しい蛹になるんだぞ。  次々生まれてくる仔にも同じように石灰をまぶしていく。  石灰に水分を吸収された粘膜は粘度を増してグミキャンディーのような状態になる。  この変性にはアルカリ分も作用しているので脱水に石灰を使うのが一番手軽で効果的。  小さめのサツマイモくらいの石灰玉は白い繭にも見える。    テテッ?!    テヒーー?    テピャァァァ!    テフッ!テフーーッ!    テピィィィ!   石灰玉の中で仔実装がモソモソ蠢いて悲鳴をあげる。  しかし固まった粘膜ははがれない。  本能的にこのままだと不具の奇形蛆になってしまうことがわかるのか鳴き声に切羽詰った感じがする。    デスゥッ!デス!デ ス ゛ゥ ゥ ゥ ー !!  仔の悲鳴を聞いてグッタリしていた出産石が起き上がろうとバタつく。  もっとも両脚を杭で打ちつけてあるので腹筋運動ににしかならない。  最後にテッテレー♪テッテレー♪と小さな声で生まれてきた未熟蛆と屑蛆で強制出産を止める。  ジタバタ腹筋している出産石を柄杓で殴りつけてから目に水をかけて血を洗い流す。    ベヒッ!  今週の収穫は丸々とした大きい仔が5匹と未熟蛆1匹、おまけの屑蛆が1匹。  だが小さい蛆では蛹化に必要な生命力(偽石力)が不足している。  今回は使い道がないので石灰を盛った皿からさっさと流しのタライに放り込んでやった。 −− 2 −−    ママのお胎から明るい世界へ。  目を閉じたままでもお日様の光がわかります。  まぶしい光を感じた実装ちゃんは大きな産声をあげました。  その勢いでオクチとオハナを覆っていた粘膜が吹き飛んでいきます。  胸いっぱいの希望をテッテレー♪の産声に込めて実装ちゃんは生まれてきました。  おめでとう。実装ちゃん。  次の瞬間、プヨプヨした粘膜に包まれた身体がポフッとフカフカした白い粉の上に落っこちます。   「テッテレー♪テフッ?」  かわいいお顔が粉まみれになってしまいました。  オクチもオハナもコナコナでふさがってしまいます。  記念すべき初めてのお外の空気が台無しです。  とっても喉が苦しくてテホテホ咳が出ます。  周りが見えないまま大きなものにコロコロ転がされました。   テフーー?!ママ!もっとテイネイにするテフ!   やっと顔に張りついた粉を取ってもらえました。  目を開けると、そこにいたのはニンゲンでした。  優しく抱き上げて丁寧に粘膜を舐め取ってくれるはずのママじゃありません。   ママのドレイニンゲンだ   ブキッチョなヤツめ   さっさとこのネバネバとれ  誕生直後でも実装ちゃんは実装ちゃん。  持って生まれた実装ちゃん特有の傲m… もとい高貴な魂が首をもたげます。  生まれた時から命令することが当たり前の高貴な実装ちゃんです。  気の利かないおバカなドレイに当然のもてなしを要求します。   ウスノロ! はやくママに会わせろ   おたんじょーぱーていひらけ   コンペイトウとスシとステーキだせ  なのに無礼なドレイニンゲンは高貴な実装ちゃんをほったらかしにしました。   コトバがわからないのか?   このバカッ デクノボー  テフテフ大声で命令してるのに低能なニンゲンは言うことを聞きません。  ニンゲンは次々生まれてくるイモウトちゃん達もどんどん粉まみれにしていきます。   ・・・ 何かヘンだ?  身体を包むネバネバが乾いていきます。どんどん固くなっていきます。  本能がコレはヤバいと訴えます。   !!… ママ?! ママッー!  あったかいママのお胎から冷たい現実へようこそ。  ハッピーバースディ実装ちゃん。  どうやら産声と一緒に全ての希望はどっかへ行ってしまったようですね。 −− 3 −−  出産直後の仔実装は身体を保護するゲル状の粘膜に包まれている。  実装石成熟胎仔の仔実装形態への変態は親の出産シグナル(両眼の赤色化)を起点とする。  これが身を包むゲル状粘膜によって一時的に阻害された状態で分娩が始まる。  この粘膜の役割は分娩時の落下の衝撃を緩和すること、胎内と外界との急激な温度変化を和らげることなどが知られている。  両眼の着色による強制出産で排泄されるように産まれてくる即席未熟蛆(屑蛆とも呼ばれる)はこの粘膜が薄いため出産時の死亡率が高い。  分娩直後の生存率向上に役立つ粘膜だが、これが乾燥してしまうと仔の手脚は伸びないまま蛆形態で固まってしまう。  この現象は粘膜に含まれている成長阻害ホルモンが乾燥によって濃度を増すことで生じる。  粘膜中の成長阻害ホルモンは母親の産道(=消化管)内で仔の手脚が伸長して分娩に支障をきたさないように働いている。  呆れるほど多産な実装石がのきなみ安産なのはこの粘膜の働きが大きい。  しかし粘膜が乾燥し成長阻害ホルモンが濃度を増すと薄い皮膚から体内に浸透して悪影響を及ぼす。  仔実装形態への変態プロセスを完全に停止させ、蛆形態を維持したまま偽石情報を固定してしまうのだ。  なお、この成長阻害ホルモンは精製されてペット用実装フードの成長阻害剤として活用されている。   「ニンゲンなにするテテッ?!」   「ネバネバとれないテヒーー?」   「カチカチになってくテピァァァ!」   「ママ ママァァァッ!どこテフーーッ!」   「はやくナメナメしテピィィィ!」   「やめるデスゥッ!お願いデス!仔供がウジちゃんになっちゃうデ ス ゛ゥ ゥ ゥ ー !!」  誕生直後の仔実装は粘膜剥離後の手脚の伸長を引き金として後頭部から後ろ髪が伸びてくる。  仔実装(親指実装を含む)の神経回路はこの時点で急激な発達を見せる。  この現象には後ろ髪の伸長が関わっている。  実装胎仔は頭蓋骨内部の空間に栄養嚢を持つ。  特に後ろ髪を形成する実装毛タンパクの前駆体がアミノ酸の形でこの栄養嚢に蓄えられている。  通常はこれが速やかに消費されて入れ代わりにその空間へ中枢神経組織が発達してくる。  しかし後ろ髪の伸長が生じないと栄養嚢が中枢神経部位を圧迫し知性が発達しない。   「ベヒッ!」   「テヒェェェ もう タ゛ メ テフ・・・ウジちゃんになっちゃったテフェェェ・・テフェェェェン」   「レピィィィ アタチのオテテがオテテがぁ…アタチのアンヨがぁぁ テフェェェンテフェェェン」   「オテテもアンヨもないテフェフェ もうおちまいテヒィィィ」   「これじゃ這い這いしかできないテフ  ピョンピョンしたかったテフゥゥゥ」   「ウジちゃんじゃしょうありまっクラテフゥゥゥ ニンゲンさんヒドイテフゥ」  その後の成長によって奇形蛆の知性が向上するかどうかは個体次第である。  もっとも奇形蛆が繭化、変態して仔実装へ成長できる可能性は極めて低い。  ついでに言うならそもそも仔実装が成体実装に成長できる可能性そのものからして極めて低いのだ。  もの好きな人間の保護下にでもあればともかく自然界における奇形蛆の生残率など無きに等しい。  そのため奇形蛆実装に見られる知性の未発達は神が与えたもうた慈悲であるという仮説もある。  なぜなら蛆実装にありがちなことといえば・・・  『レェェェンレェェェン いやレフーいやレフー ウジちゃんウンチ食べるのもうイヤなんレフー』  『レフー 今日もママのウンチおいしいレフ♪ オナカいっぱいレフ ウジちゃんチアワセレフーン♪』  どっちみち儚く命を終えるにしても・・・  『いたいレピィィィ! ママやめてレフッ! ウジちゃんゴハンになるのイヤレピャーー』  『ママ オクチでプニプニしてくれるレフか? プニフープニフー ウジちゃんうれちいレヒ゛ッ』  ・・・・・・・どっちがマシだろうか?  自分の立場と現実を認識できる知性があるからといって蛆実装の生存率など大して代わりはしない。  やはりこの現象は奇形蛆実装になった仔にとって福音なのであろう。 −− 4 −−    テヒェェェ テ フ・・・テフェェェ・・テフェェェェン    テピィィィ テ… テ テフェェェンテフェェェン    テフェフェ テヒィィィ    テフ ピィィィピィィィテフゥゥゥ    テヒャテフゥゥゥ テヒテフゥ  石灰玉になった5匹の蛆仔達が恨みがましい声でテヒテヒ泣いている。  蛆実装になった我が身の不幸を嘆いているようだ。  粒の大きい奇形蛆実装の鳴き声はレフ形よりテフ形になることが多い。  正式名称があるわけではないが、大粒の蛆実装のことを便宜上「蛆仔」と呼んでいる。  別に未熟蛆実装に餌をやって肥育した大型蛆と区別しているわけではない。  手脚の伸張がおこらなかった奇形仔は脳の発達も阻害されて大き目の蛆実装になる。  食石的には完熟蛆とも呼ばれる。  本来成長にまわされるはずだった栄養が身に残っている完熟蛆ははちきれんばかりのプリプリ感と旨みがあって美味しい。  だが未熟仔と違って仔実装になるべくして産まれてくる仔なので相応の元気がある。  健康な仔なら自力で粘膜を破って出てくることも多い。  食石業者は完熟蛆の生産に今までポリアクリル酸ナトリウム(紙オムツや保冷剤に使われる高吸水性高分子)を使っていた。  化学的刺激性が低く蛆化後の水洗も楽な上、吸水後のゲルは痛みやすい商品を保護してくれる。  しかし昨今の石油製品高騰のあおりを受けて安い石灰を使えないかという実験が試みられた。  石灰はアルカリ性が強く蛆実装の皮膚を傷めてしまう。  このため自家用はともかく商業用に用いられていなかった。  それが思わぬ副産物として実装蛹の新しい生産法が見つかったのだから世の中何が幸いになるかわからない。  ん?    デェェ デスーー!デスーー!デス!デスゥゥゥ!  柄杓で叩いたくらいでは足らなかったようだ。  復活してまた腹筋しはじめた出産石がデスデス騒がしい。   うるさい!    ボギャァアアッ!  杭を打つのに使った木槌で殴って黙らせる。  静かになった。これでよし。 −− 4 −−   「負けないデェェ ガンバるデスーー!あきらめちゃだめデスーー!   せっかく健康に産んだ仔が蛆にされていく絶望の声を聞いた出産石は叫んだ。  産んだ仔をことごとく失ってきたにせよ希望は0ではない。(限りなく0に近いが)  眼前の窯で焼かれ茹でられ蒸され燻され苦悶の断末魔を迎えた仔は数知らねど、近所におすそ分けで配られた仔もいるのだ。  何かの拍子にニンゲンさんのキッチンから抜け出すことができれば生きて未来を掴む可能性はある・・・の かも しれない。  だが無様に蠢くことしかできない無力な奇形蛆実装ではその可能性の芽すら摘み取られてしまう。    生きるデス!シアワセになるんデスゥゥゥ!    ボギャァアアッ!」  ニンゲンの腹を満たすために産んだのではない。  シアワセな未来を与えたくて産んだのだ。  地べたに杭で打ちつけられ産んだ我が仔の顔を見ることもできない。  それでも出産石は叫び続けた。  可能性の芽すら摘み取ろうとする無慈悲なニンゲンと辛い運命に立ち向かってくれと叫んだ。  無造作な木槌の一撃で意識を刈り取られるまで。 −− 5 −−  ちょっと力加減が強かった。  木槌が汚れてしまった。  汚れた小槌を水で洗う。  流しのタライには2匹の蛆実装がいる。  一匹は未熟仔の蛆実装だ。  未熟蛆でも元気そうなヤツで粘膜を剥がそうと浅い水の中でパチャパチャ暴れている。  もう一匹は強制出産のオマケで出てきた即席屑蛆だ。  コイツはごく薄い粘膜にしか保護されていないので自由に蠢いている。  レフーレフーとご機嫌そうにタライの中をウロウロしている。  木槌を洗ったついでに粘膜を剥がそうとピチピチしている未熟蛆を摘まんで粘膜をぬぐってやる。  タライに戻してやるとこっちを見てレフレフ嬉しそうに鳴いてきた。  オマケはともかく5匹の蛆仔達をさっさと土蔵に保管する。  石灰玉になっているので逃げ出すことも共喰いもできないから安心だ。  野菜苗を入れていた苗ポットに一匹ずつ入れて我が家の土蔵に持って行く。  ちなみに鑑定団が喜ぶような骨董品などない。  底の抜けた木桶だとか、ロクでもない本物のガラクタばかりだ。  埃っぽい床に蛆仔達を置き去りにして昔ながらの重たい扉を閉める。  窓のない土蔵に閉じ込められると本当に真っ暗だ。  子供のころ弟が悪さをしてよくお仕置きをくらっていたなぁ。  うまく蛹が出来たら弟妹にも送ってやろう。 −− 6 −−  蛆仔達は泣き続けた  おソトの光を求めて泣いた  ママの温もりを求めて泣いた  ニンゲンさんに許しを乞うて泣いた    「出しテフーーッこっから出しテフゥゥゥ」    「ママァーー ママァどこテフゥゥ ママァァァァァァーー」    「たふゅけてぇママァァァ  テフェェェンテフェェェン」    「ニンゲンさーーーん許してテフヒィヒャァァァァー」    「ウジちゃん何にも悪いことしてないテフェェェェン」  分厚い土壁の土蔵の中である。  ちっぽけな蛆仔達がいくら泣き喚いたところでその叫びが外に届くことは決してない。  聞えたところで誰かが助けてくれるわけもない。  石灰によって変質しカチカチに固まった粘膜はどんなにピチピチ足掻いても剥がれない。  人間や運命に立ち向かえ云々と言われて蛆仔風情に何ができるというのか。  しょせん蛆仔など食べやすい肉ダルマでしかない。  ついさっきまで温かな母の胎内で明るい未来を夢見ていた仔供達。  飢えることも渇つえることもないまどろみから覚め、輝く陽の光を見たのも束の間だった。  健やかに伸びるはずの手脚を不具にされ、冷たく乾ききった真っ暗な世界に閉じ込められた。  今度は夢も希望もない闇の中、蛆仔達はずっとずっと泣き続けた。     テピェェェェンテフェェェンテフェェェンピャァァァーー  その悲嘆の声はただ分厚い土壁に阻まれ消えていく。  とめどなく流れる涙も身を包む石灰に吸い込まれていくだけであった・・・・・ −− 7 −−  檻に戻した出産石にオマケの蛆実装を返してやる。  仔実装がないとあれだけでは食いでが無さすぎる。    レフーンレッフ〜ン♪    プニフープニフー♪ デスゥゥゥ!! デ ッ スゥ 〜 〜 〜 ンッ!!  出産石が歓声を上げて蛆どもを抱き上げた。  高い高いしたり頬擦りしたりしてからデッフーンデッフッフゥ〜ン♪と鳴きながら乳をやりはじめた。  本来健常な仔がいれば仔育てにおける蛆実装の優先順位は格段に低くなる。  仔には乳をやって蛆に糞食は当たり前、喰われないだけ御の字というもの。  野良の実装石なら蛆実装など普通は非常食、物々交換の商品、敵の目を引きつけるおとり、せいぜい仔の予備、玩具、教育資材。  ほとんどの山実装ですら蛆は食料としか見なさない。    しかし他の仔がいないのだから蛆実装を大事に育てるしかない。  たっぷり乳をやって太らせてくれるだろう。  餌皿に盛る花粉入り実装飼料を多めにサービスしてやる。  来週までしっかり頑張れよ。 −− 8 −− オミズ チョ ウダ イ テ フェェ ェ    オノ ドカラカラ テフ  ・・ ・    マ マ … ァ・・  ・    ユ ルヒ テ  オ ネガ イ タ フ ケ テ … ・・ ・     テフ ン   テ フ・・   ン  … ・・ ・  闇を相手にさんざ罵り、呪い、取引、哀願、号泣した蛆仔達。  どんなに泣いても喚いても。  ニンゲンは来てくれない。  ママも助けに来てくれない。  誰も来ない。何も起こらない。  もはや聞えるものとて己と姉妹のすすり泣く嗚咽の声。  このままパキンできればどれほどシアワセだろう。  しかし粘膜は脆い肉体を物理的に保護しているだけでなく、実装生化学的にも儚い命を保護していた。  粘膜に含まれる実装化学物質は成長阻害ホルモンだけではない。  粘膜には偽石安定剤(俗称:パキン抑制剤)の名で知られる実装ホルモンが微量に含まれている。  誕生時の苦しみで仔がショック死するのを避けるためだ。  だが本来仔の命と未来を守るはずのそれらは、今や魂の解放を阻む牢獄と化していた。           ・・   ン  … ・・ ・   シアワセなんてなんにもなかった   ラクエンなんてウソだった   このヨはジゴクだった  身体も涙も乾き果てた。   ママのお胎に戻りたい・・・   生まれる前に還りたい・・・  温かなママの胎の中で、ずっと聞えた声がどこからともなく聞えてくる。   スシー ステーキ コンペイトウ オヨウフク オフロ トンカツ プニプニ フォアグラ オハナ チョウチョ イベリコブタ イチゴケーキ… … ・・ ・    生まれる前に思い描いたシアワセの幻影が昏い闇に浮かんでは消えていく。  やがて蛆仔達は考えるのを止めた。                        ・                          ・                        ・  ちっぽけな脳が仕事放棄すると存在を求め続ける偽石回路が代わって働き出す。  常々デタラメと評されるナマモノであるが、ナマイキな事に実装石にも肉体を維持管理する自律神経と呼べるものがある。  成体ならほぼ100%を脳が司っている。だから偽石を摘出してもあまり活動に支障をきたさない。  しかし仔実装の偽石を摘出すると心身に悪影響が出やすいことが知られている。  仔実装は脳が充分に発達していないので自律神経系の一部を偽石が何らかの形でサポートしているからだと考えられている。  蛆実装だと頭部神経回路がさらに未発達なので肉体の維持管理を偽石に任せる割合が大きくなる。  偽石に刻まれた機械的生存プログラムは現在の苦境を乗り越えるべくそれなりの解答を導き出した。  むしろ安っぽい欲求を追求するだけの蛆脳より生物としてまともな働きをしてくれた。  仔実装への変態に用いられなかった体の養分と生命力(偽石力)は消費されることなく残っている。  実装生物、特に実装石はどの個体も幾ばくかのカオス変異力を持つ。  蛆仔の小さな偽石は外へ向かって成長するはずだった生命力(偽石力)を身体の内側へ向けた。  どんなに儚い生命でも、生きる可能性を最大にするべく奮闘した。 −− 9 −−            ♪ ☆ ♪ ☆ ♪ 今日の実装ちゃん ♪ ☆ ♪ ☆ ♪             デッスンデッスゥゥン♪と嬉しそうなママ実装ちゃんがいます。   ママのオッパイに吸いついてご満悦なのは2匹のプニちゃん。   ママのおチチをたくさんもらったプニちゃんはニコニコです。   満足そうにレプーと一声鳴いたら満腹の合図。   優しいママに寝床へ降ろしてもらいます。    これからお昼のオッパイまでしばらく寝床でおネムです。   プニちゃんがおネムするオフトンはとってもフカフカ。 昔のおネエちゃんたちの温もりがします。 もう片方のオッパイにくっついているちびプニチャンも満腹してプーと鳴きました。 寄り添うようにおネムする2匹のプニちゃん。              その傍らでママがシアワセの唄を歌っています。   ウンチじゃなくママのおチチでオナカいっぱい。  ママの愛情いっぱいでプニちゃんはスクスク育っています。   3食おやつプニプニ付き。  今日もシアワセなプニちゃん達なのでした。                        ・                          ・                        ・  偽石成分を多く含む実装乳は仔を健康に育てる効果が非常に高いことが知られている。  実装乳には仔の知能や免疫機能の向上ばかりか先天性疾患すら治癒させる優れた効果がある。  完熟蛆と異なり未熟蛆は欠損組織の割合が高く先天的臓器障碍による死亡率が高い。  しかしそんな儚い障碍蛆でも実装乳を与えられたならその多くが健常仔実装に変態、成長できる。  実装乳に含まれる偽石成分の効果である。  未熟蛆以上に死亡率の高い屑蛆ですら一週間生存率が大幅に高まる。  ただ野良の場合、蛆実装ごときに貴重な母乳を与えるより糞食で済ませることが大半である。  養育優先順位の高い仔から乳を吸えば多産な実装石のこと、蛆の取り分なぞありはしない。  種類にもよるが野良実装石は出産後約一週間で母乳の出が止まってしまう。  健康な仔実装なら出産後一週間たてば歯が生えて乳離れしている。  このため野良実装における実装乳による蛆実装の生存率向上効果はほとんど意味をなさない。  余談であるがペット用高級仔実装の飼育には複数の乳母実装をつけることがある。  もちろん実装乳に含まれる偽石成分はその実装石の偽石資質に大きく影響を受ける。  だから売れ残りペット用実装石の中にはこうした役職にありついて命を長らえる幸運な個体もいるらしい。 −− 10 −−  ・・・ そして一週間後  期待と不安が半分ずつ土蔵の扉を開ける。  蛆仔はちゃんと蛹になってくれただろうか。  ドーム状に繭糸が上部を覆っている石灰玉を手にとって慎重に割って見る。  ジャガイモ(メークイン)くらいの大きさをした濃緑色の蛹ができていた。  山実装の越冬蛹と同形の耐久蛹だ。  この蛹は乾燥条件に耐えられるよう適応変化している。  多めの水に浸してやれば半日ほどで仔実装がテッテレー♪と出てくるだろう。  耐久蛹は奇形蛆が通常の変態プロセスで繭になる変態蛹とは若干形が異なる。  公園などで時おり見かける繭はほとんどが変態蛹である。  通常の変態蛹は完熟してもプヨプヨしていて薄緑色をしている。  越冬蛹などの耐久蛹は全体的に外殻がぶ厚く、色も濃い。  それに蛆実装の変態蛹と耐久蛹は似ているように見えて生態的位置づけが大きく異なる。  変態蛹の蛹化は内臓などの組織構造をなるべく維持したまま最小限の変態をすることが多い。  頭部はそのままで首から下だけ繭に包まれた蛹になることもある。  蛹化している期間も一晩からせいぜい数日とかなり短い。  動けない蛹でいる期間が長ければそれだけ捕食される確率が高くなる。  変態期間がごく短期間なので体内の老廃物も多くは体内に残したまま蛹化する。  このため消化管内に糞が残っていることがあるので食材としてやや扱いにくい。  一方越冬蛹などの耐久蛹は厳しい環境に耐えて生き延びることを目的としている。  カオス変異力を残した蛆実装なら未熟仔の蛆でも冬場には変態する。  高級珍味として名高い山実装の越冬蛹はたいてい未熟仔の蛆だ。  通常の変態蛹と違って越冬蛹は内部組織の大半を溶解させ命のスープの状態にまで戻してしまう。  偽石と特徴的眼球以外の構造を原形質レベルに戻した耐久蛹は温度変化や乾燥、化学的な耐久力が著しく高い。  耐久試験を現在進行形で実験中だそうだが、南極やサハラ砂漠のただ中であってすら何年も余裕で持ちこたえる。  越冬蛹は外界の状況が生存に適した状態に変化するまで長期間耐え忍ばなければならない。  だから消化管内の老廃物を完全に排泄するだけでなく、体組織中に蓄積したあらゆる有害因子を体外に排出して蛹化する。  汚臭成分や病原体、寄生虫まで含めクリアに生まれ直す耐久蛹は食材として極めて衛生的であり安心して利用できる。  冷蔵庫なしで長期保存も効く。  近い将来、実装蛹の安定した大量生産法が確立した暁には鶏卵に代わるポピュラーな食材になるかもしれない。  ちなみにこの性質を利用すると、とても食用に耐えない野良実装の糞仔ですら人間の食用レベルに浄化できるらしい。  この研究成果は穀物価格高騰で食糧不足にあえぐ発展途上国にとって新しい『翠の革命』として歓迎されている。  実装石は人類の栄養に成ってくれる養成(ようせい)ちゃん。  さながら人類の未来を切り開くため神(天)より賜った贈り物、天賜(てんし)なのだ。 −− 11 −−            ♪ ☆ ♪ ☆ ♪ 今日の実装ちゃん ♪ ☆ ♪ ☆ ♪  今日もお日様ニッコリ。とってもいい天気です。  温かなオフトンでプニちゃんが目を覚ましました。  オフトンから這い這いしてママにオハヨーのプニプニをおねだりします。  プニちゃんはママに朝のプニプニを存分にしてもらいました。  朝のプニプニは大切です。  これが決まらないと今日一日が台無しになってしまいます。  だけど心配御無用、ママのプニプニは今朝も絶妙でした。  プニプニを堪能したらさっそくウンチのお時間。   プリプリプリプリ  ママのプニプニのお陰で今朝もいっぱいウンチが出ました。  プニちゃんは今日もゴキゲンです。  だってプニちゃんにはすごく楽しみにしてることがあるんです。   もうすぐオテテとアンヨが生えてくるテフ                 そしたらゲンキにかけっこするんテフ                いっぱいピョンピョンするんテフ              プニちゃんとってもタノしみテフゥ〜ン♪  寝ぼすけなちびプニチャンもやっと目を覚ましました。  ひっくり返ってオハヨーのプニフ〜をおねだりします。     そうだ!     オテテとアンヨが生えたら ちびプニチャンにプニプニしてあげよう    明日を夢見て今日もニコニコのプニちゃんなのでした。                          ・                          ・                        ・  未熟仔として生まれた蛆実装は栄養状態さえよければ手脚と後ろ髪が伸長して仔実装(親指)形態に変態する。  この形態変化には蛆実装をとりまく外界の要因が大きく関わっている。  人間の保護下など心身ともに満ち足りた環境にいる蛆実装はなかなか変態しない。  中にはいつまでも蛆形態のまま肥大成長を続ける個体もいる(俗に巨蛆と呼ばれる)。  飢餓、外敵など生存競争の激しい環境にいる野良蛆だと満腹して一眠りしたら変態していたという観察例が多い。  もちろん野良の環境なら一刻も早く手脚のある仔実装(親指)形態に変態した方が生存競争において大きく有利である。  しかし栄養不足のまま変態しても虚弱な親指実装になるだけである。  余裕があるなら蛆形態の時に充分な栄養を蓄えてから健康な仔実装に変態したほうが後々の成長が期待できる。  恵まれた条件での変態ならば手脚と髪の伸長のみならず他の欠損組織の障碍にも回復が見られる。  このため蛆実装は周囲の環境に合わせて無意識に変態時期を選んでいると考えられている。  デタラメナマモノと罵られる実装石でも変態に関する生理本能は幾分まともで合理的な生態を見せてくれる。 −− 12 −−  外の竈に火をおこす。  注意しながら網に置いた蛹を遠火で焼く。  焼く前に爪楊枝で適当に穴を開けておくと破裂させずにすむ。  炙られた殻が焦げて裂け目が入ってくる。  滲みだした深緑色の汁が固まったら少し早めに火からおろす。  半熟状の中身は緑色をしたウニのような味がする。  完熟まで焼いたら高級カラスミのような風味になる。  焼き蛹はこれ単品だけですごく美味しい。  酒の肴にぴったりだ。  だが今日は初モノだからちょっと手をかける。 −− 13 −−  プニちゃんは、生まれた時にはちっちゃなちっちゃなプニちゃんでした。  でもママのオッパイと愛情をたくさんもらったプニちゃんはスクスクと健やかに育ちました。  生まれてからずっと毎日3食おやつプニプニ付き。  今日も朝ゴハンの後はお昼までオネムです。  目が覚めたらオテテとアンヨが生えてるかも。  ワクワクしながらプニちゃんはウトウトと眠りに落ちました。  楽しい未来を夢見ながら。  ・・・だけど… 叶えられなかった夢、果たされなかった約束は多いのです。   「デジャァァァァーーーッ! くるなデスッ! ニンゲンくるなデスゥーーーッ!」    テプ? ママ?  ちびプニチャンと機嫌よく眠っていたプニちゃんはママの大声で目を覚ましました。  それは・・・ シアワセな刻の終わりを告げる声。  『プニちゃん』の 時計の針が落ちる音でした。   「いないデスー ウジちゃんいないデスー!ウジちゃんおるすデスーーッ!」    テフ?ウジちゃんいるテフ?  ママはニンゲンさんを追っ払おうとしています。  毎日ママにゴハンとオミズをくれるニンゲンさんです。  なのにママはニンゲンさんをコワイコワイと言ってます。  ウジちゃんには何がコワイコワイのかわかりません。   「デェェェェン ウジちゃんは渡さないデス!オイシくなんかさせないデスー!」    ?…テフ? ウジちゃんにオイちいモノくれないテフか?  ウジちゃんは思いました。  きっとニンゲンさんはウジちゃんにオイちいモノをくれるつもりなんだ。  それをママはジャマして自分で食べちゃおうとしてるんだ。    ズルいテフ! −− 14 −−  蛹の用意ができたのでソース作りにとりかかる。  流しのタライの中で2匹の蛆実装がヒ゜ーヒ゜ーピャーピャー泣いている  予定通り一週間の肥育で丸々と肥えてくれた。  あらかじめ禿裸にして適当に爪楊枝で引っかいておいた。  こうして痛めつけて泣かせておくと旨みが増すし肉の水気が抜けてよい。                                                 「デェェェン デェェェェーーン」  性懲りもなく出産石のヤツがうるさい。  檻から蛆どもを取ろうとしたら邪魔して手間取らせやがった。  寝床にしている仔実装服の山に蛆を隠して覆いかぶさったのでそのまま持ち上げて連行。  今週は地面にうつ伏せにして杭で固定した。  背筋運動は突き出た腹が邪魔になってしにくいことがわかった。  どうせ後でコイツも使うからこのまま置いておく。                                             「デスーー!! デ ズゥ ッ!デヒィィィィン」  元屑蛆はカブトムシの幼虫くらいの大きさに育っている。  プクプクしてよい感じだ。  包丁で腹を裂いて首を落とし内臓を掻き出す。  次に大きいほうの蛆を捕まえる。  こいつは体長12センチ強の立派な蛆仔に育ってくれた。  テピィェェェーッ!テピャァァァァーーッ!と鳴く声もすっかりテフ型だ。  蛆用液体低圧ドドンパで糞抜きしてあるのに身が詰まっていて重みがある。  これは今日明日中に変態を控えた蛆仔特有の重みだ。  変態直前の蛆は骨格と組織にエキスが貯まっている。  すごく実入りがいい。   よく頑張ったぞ出産石。誉めてつかわす。              −− 15 −−  ウジちゃんはテヒ゜テヒ゜泣きました。  ちびウジちゃんもレピレピ泣きました。  ウジちゃん達は今朝までシアワセいっぱいのプニちゃんでした。  この世に辛いことや悲しいことがあるなんて全然思ってもいませんでした。  でも、もうあのころのプニちゃんには戻れません。  あのニンゲンさんはすごくいぢわるなアクマでした。  ニンゲンさんは最初にとってもアマママな汁を飲ませてくれました。  ウジちゃん達は大喜び、ママのオッパイよりおいちいアマママ汁を夢中でナメナメしました。    アマいテフおいちいテフ〜♪ ウジちゃんまた一つチアワセ見つけたテフー  そしたらウジちゃん達のポンポンがゴロゴロヒ゜ーしたのです。  ウンチがぜんぜん止まりません。  ポンポンがカラッポになるまでプリヒ゜ープリピーしました。  ウンチにまみれになったウジちゃん達をニンゲンさんはオフクを脱ぎ脱ぎさせてキレイキレイしてくれました。  オミズが冷たかったけど、柔らかなタオルでフキフキしてもらったらとってもキモチいい。  うれしくなったウジちゃんはニンゲンさんにお礼を言いました。    ニンゲンさんありがとテフー    おれいにプニプニさせてあげるテフーン      ニンゲンさんがプニプニしやすいようにひっくりかえってオナカを見せました。  ニンゲンさんの大きなオテテが近づいてきます。  ウジちゃんはニンゲンさんの初プニプニにワクワクしました。  思わずシッポがピコピコします。    プニフープニフー♪                        ・                          ・                        ・  ウジちゃん達がプニちゃんだったのはここまでです。  ニンゲンさんがアクマな正体をあらわしました。  いぢわるなニンゲンさんはウジちゃん達のかけがえのない大事な大事なオケケをブッチンしてしまいました。  ママからもらった大切な大切なオフクも返してくれません。  それから先の尖ったチクチク棒でウジちゃん達をチクチクしました。    テヒ゜ャァァァァ!ニンゲンさんやめテヒィィィィ!いたいテフいたいテフッ!  ウジちゃんは優しいママに助けを求めて叫びました。  ノドが枯れるまで精一杯ママを呼びました。    チクチクいやぁぁぁぁ!たふけテフ! ママー どこレフーー たふけテフゥゥゥッ   なのにママは助けに来てくれません。  ウジちゃんは痛くて悲しくて泣きました。  ちびウジちゃんも泣きました。  そのころママは先の尖った特大のチクチク棒でアンヨをブッスリされて地面とドッキングしていました。  五体投地と呼ばれる Or2 のポーズをしたママはウジちゃんのシアワセを願って天神地祇に祈りを捧げました。   「テ゛ェェェン だれかぁぁ だれかウジちゃんをた゛す゛け゛テ゛ェェェーーン」    またいぢわるなニンゲンさんのオテテが伸びてきました。  泣いているウジちゃん達にママが頑張れと声援を送ります。   「ウジちゃぁーーん!! 逃 げ るデズゥッ! ハゲハダカでも生きるテ゛ヒィィィィン」  だけど逃げる場所なんてどこにもありません。  ちびウジちゃんがニンゲンさんのオテテに捕まってしまいました。   「ピキャァーッ!」  ちびウジちゃんが連れて行かれてすぐ、短い悲鳴が聞えました。  ニンゲンさんの大きなオテテに掴み取られたウジちゃんはイヤイヤしました。   「ウジちゃんイタいのいやテフッ もうチクチクいやテピィェェェーッ!」  ウジちゃんはいぢわるなニンゲンさんのオテテから逃れようと暴れました。  でもいぢわるなニンゲンさんのオテテはビクともしません。  ウジちゃんは四角い板の上にのせられました。  板の上にちびウジちゃんがいます。  ちびウジちゃんの顔がコロンとしています。  首から下がゴロンとしています。  オナカに大きなイタイイタイがパックリしています。  ウンチで育ったバカウジちゃんなら何が起こったか分からないかもしれません。  でもウジちゃんはママのオッパイと愛情をもらってスクスク育った特別なウジちゃんです。  ニンゲンさんがどうしてコワイコワイなのか、ウジちゃんはわかってしまいました。   「テピャァァァァーーッ!」 −− 16 −−  手の中でモサモサ暴れる蛆実装を流しのまな板に置いたらピコピコ逃げようとした。  驚いた!案外素早い。  普通の蛆実装といえばカタツムリかナメクジ並みのトロサなのにワラジムシ並みの全力疾走で逃げ回る。  うむ。お前の活きの良さはよくわかった。 −− 17 −−   「い や テ フ ー ー ッ ! ウジちゃん ち ぬ の いやテフェェェェン!」  ウジちゃんは逃げました。  アンヨがなくても生きるために走りました。   「ウジちゃんは生きるんテフッ こっから逃げるテフッ」  ウジちゃんは必死で四角い板の上から駆け出しました。  コワイコワイに追いつかれないよう全力で走りました。  禿裸にされても生きてくれ  そんなママの祈りに応えるために   「ウジちゃんはつよい仔まけない仔テフッ ガンバる仔テフゥーーッ!」  ちびウジちゃんの分までシアワセになるために   「ウジちゃんはチアワセになるんテフ 明るいミライはすぐそこテフー」  希望を胸にただひたすら明日へ向かって走りました。   「あきらめたらおしまいテフッ  ウジちゃんあきらめないテ?ヒ゜ィ ェ ェ ェーーッ?!」  どっちみち ム ダ だけど  ちなみに『諦める』 って 現実を 明らかに 見つめる って意味なんだよ。 −− 18 −−  流しの四辺を元気に一周したところで捕獲してまな板へ連行。  まだ悪あがきしてピコピコピコピコ脱走しようとする。  まな板の鯉ならぬ蛆か。  あきらめろ。往生際が悪いぞ。  尻尾を掴んでビタンビタンと2回ほどまな板に叩きつけてやったらおとなしくなった。  −− 19 −−  かわいそうなウジちゃん。  あんなにガンバったのに、とうとうニンゲンさんのオテテに捕まってしまいました。  ウジちゃんは必死でイヤイヤします。   「は な ち テ フゥ ゥゥゥゥゥ ゥ ・・ゥ ウジちゃん ち ぬ の いやテ ヒ゛ェェェー ーッ!!!!」  ウジちゃんの抵抗空しく四角い板の上へ逆戻り。ちびウジちゃんが待ってます。  食用石は遅かれ早かれニンゲンさんに食べられるのが運命(さだめ)。  それがウジちゃんの運命なのです。  だけどウジちゃんはあきらめません。  這い這いしかできなくても、ウジちゃんは最後まで運命と戦おうとしました。  ・・・・でも… ダ メ でした。    テベッ!ヒベェ ェ! ッ! ッ!  そんなウジちゃんをニンゲンさんはビタンビタンと板に叩きつけます。   イタイ・・・い たい…  砕けた全身に痺れるような痛みが襲いました。  もう動けません。  それでもウジちゃんは最後の力を振り絞って前に進もうとしました。  豆粒みたいなオテテを伸ばして未来をつかもうとしました。   「ママのところに・・帰るんテフ …… ママに… ま たプニフ ゜ニしてもらう んテ…」  ニンゲンさんがウジちゃんをひっくりかえしました。  オナカをプニプニしてくれるわけじゃなさそうです。  ニンゲンさんのオテテにギンギラな三角がギラリと光っています。  今までのチクチクが小春日和のようなイタイイタイをされそうです。  ウジちゃんの脳裏に、今朝まで夢見ていたシアワセな明日が浮かびました。  ママがいます。  ちびウジちゃんがいます。  そしてオテテとアンヨが生えて立派な仔実装の姿になった自分がいます。     これでいっぱいピョンピョンできるテフ   ちびウジちゃんにプニプニしてあげるテフ   お手伝いしたらママがよろこんでくれるテ フ ・ ・ ・  ママがニコニコしています。  ちびウジちゃんがニコニコしています。   そして・・・  そんなシアワセな情景を冷たい刃が切り裂きました。    ヒ゜ビャァァァァ! −− 20 −−                                  腹肉に包丁で切れ目を入れる。霜降りではじけるようなプリプリした肉だ。  すると活きがよい蛆はヒ゜ビャァァァァ!と鳴いて流しを飛び出す勢いでピョンピョン跳ねまわってくれた。  断末魔の踊りっぷりは料亭で使う高級山蛆もかくやと思わせる見事なものだった。  エキスたっぷりとはいえソースに使ってしまうにはちょっと惜しいかもしれない。  はみ出したハラワタを綺麗に取り除き日本酒で洗ってすり鉢で潰す。                                              「デズゥゥゥン オロロローン オロロローーン」  すり鉢ですり潰した蛆肉に半熟に熱した蛹の中身を掻きだして加える。  実装蛹に含まれるトロリ成分で蛆肉がだんだんトロンと変質してくる。  見た目は裏ごししたグリーンピースのペーストのようだ。  これを溶かしバターと香辛料を合わせて火を通し滑らかにしたら出来上がり。  かの料理評論家にして日本芸術界の巨匠、金失雄山(かねしつゆうざん)大先生をもうならせたGJ(Green Jissou)ソース。  山実装の姉仔を焼いて妹蛹と末妹蛆製ソースをかけた山姉妹GJ焼きならトゥールJャルダンの焼き鴨が飛んで逃げ出す絶品だそうな。  が、まぁ家石を使った家庭料理でそこまで期待はすまい。  山実装と違って家畜石の肉などブロイラーみたいなモンだ。  だいたい田舎の貧乏人のオレにトゥールダルJャンなぞ一生縁がなさそうだな。  それでもいい。人間に生まれてきて充分幸せだから。  さぁ、今週も出番だぞ出産石。    「デェェェ・・・!  デッ キ ゛ ャアァァァァアアアーーーース!!!」 −− 終わり −−