スクイージッソウ

柔らかく弾力がある素材でケーキや赤ちゃんなどを模したファンシー玩具・スクイーズはその名の通り握った感触を楽しむアイテムだ。
本邦におけるそのブームに実装産業界も乗っかり、その結果生まれたのがスクイ―ジッソウだった。

握り込んでも反発して元に戻り、あらゆる衝撃や打撃に対して強い耐性を持つこの実装石は不幸な事故死が絶えない飼い実装界に新たな旋風を巻き起こした。
そしてその風はすぐに止んだ。

「触り心地がきしょい」
「握り込んだらなんかよくわからん油が溢れて来て最悪だった」
「打撃に強いから躾が難しすぎるンだわ」
当然の結果だった。

売れ残り不良在庫となったスクイージッソウは大半が殺処分され、今では販売している店舗も少ない。
例にもよってある一部の人間の需要から絶滅こそしていないもののレア実装と化していた。

大々的に流通した時期の短さから野良になったものは多くはなかったが確かにそれらは存在した。では野良になったものはどうなったか?頑丈さゆえに野生の世界では良い位置へ君臨できたのか?
そんなことはなかった、ある一匹の野良スクイージッソウの運命をここで追ってみよう。
……

「デェ~!パンチが効かないデスゥ~!?」
「デピャデピャ!やわらかすぎてそんなじゃ蛆チャンも殺せないデスゥ!」

スクイージッソウのミドリーナは突然公園に置き去られた。
ジュースを買ってくると言ったきり、待てど暮らせどゴシュジンサマは帰っては来なかった
そうこうしているうちにミドリーナは野良に目を付けられ、人生最初の喧嘩に突入したというわけだ。

「なんでデスなんでデス!なんでパンチが効かないんデス~!?」
「デピャデピャ!お前は奴隷になる為に生まれてきたんデス!」

 生まれ持った柔らかボディはまったく暴力というものに適性がなかった。

「デヒッ!髪の毛とらないでデス!やめてデス~!」
「デピャデピャ~!ゴムみたいに伸びておもしろいデス~!」

あれよあれよのうちに髪も服も玩具にされてたっぷり遊ばれた後禿裸にされてしまった。

二度と戻らない髪の毛と服が仔実装の尻拭きに使われているのを見て、涙が溢れて止まらなかった。
すぐに彼女は公園の群れが共有するクソ放り穴に連行され、糞食い実装として奴隷階級とされた。逆らう余地は損差し無かった

そこでも、過酷な運命が待っていた。

「お、同じ禿裸だからなかよ…デヒャッ!」
「うっさいデス。殴らせろデス。お前は殴っても死なないってみんなの評判デス。」

同じ穴倉の仲間としてせめてもの交流を期待した禿裸たちにもその身体の特性からストレス解消用品として扱われたのだ。
噛みついても噛みついても千切れない肉は常時空腹に苦しむ禿裸には特に好評だった。

いくらかの時が経った。

ある時『ミドリーナが頑丈なら生まれた子供も頑丈なのではないか』と考えた公園の野良たちは彼女を奴隷製造機にすることを思いついた。
読みは当たって、ミドリーナより大きく劣るものの柔らかく頑丈な仔実装が生まれると判明してからミドリーナの妊娠しない日はなかった。

ミドリーナは仔を産んでは奴隷として供出し続けた。

「あ、あの家族がお前のゴシュジンサマデスゥ…達者で暮らすデスゥ…」
「ママ…行きたくないテチ…いやテチ…テッ!?テチャアアア!」

「デププ、いいドレイデス~」
「ママー!コイツ殴ってもいいテチ!?」「いいデッスン」

糞蟲たちに手を引かれて連れていかれる我が子の顔をひとつたりともミドリーナは忘れなかった。
だが何もどうにもならなかった。

「お前は死なないからここでず~~っとワタシたちの為にギセイになるといいデス!」
「殴られゴミムシみじめテチ!ワタチたちに使われる為に生まれてきたんテチ!」

自分を嘲る声が今日も聞こえる。慣れたつもりでもやはり苦しいものは苦しい。

「デェェェェ……ゴシュジンサマ……ミドリーナを助けてほしいデス……どこにいるんデス…」

この頃になるとミドリーナとその一族への虐待は公園中の糞蟲たちの悪しき情操教育の教材となり、もはや文化にすらなっていた。どのハウスを覗いてもミドリーナの産んだ仔、ドレイがいる。耳をすませば穴倉の中からも仔たちの叫び声が聞こえる。

「いつまで…いつまでこんなことされるんデスゥ…?」

ミドリーナは輝かしかった飼われていたころの事を思い出す。
自分がぷにぷにやわらかまんまるで、かわいがってくれるゴシュジンサマにずっと尽くしておりこうで居ようと誓った時代のことを。

妄想に耽る時間は多くなっていった。

「デ…?」

ある日の事だった。暗い穴倉にニンゲンの手が突き入れられ差し伸べられる。

ミドリーナはその手を差し伸べたニンゲンの姿を覚えていた、ゴシュジンサマだ!

『遅れてごめんなミドリーナ、ひどい目に合ったんだな?かわいそうに、さぁ、仔たちも連れて家に帰ろう』

「お、遅れてなんかないデス…!でもずっと待ってたデス…!大好きですゴシュジンサマァ!」

声をかけてくれたゴシュジンサマに抱き上げられ、公園中からムスメたちを取り戻して回る。
「怖かったテチ!ママ~!」「もう絶対に離さないデス…!」

泣きじゃくる娘たちを一匹一匹抱きしめ、仲直りしたらおウタを歌っておうちへ帰る。

「デッデロゲー!」「テッテロチェー!」

糞まみれの穴倉ではなく、大好きなゴシュジンサマのおうちだ
……ふとミドリーナの肌に冷たい風が当たる。
何故?あの穴倉にいつも吹いていた風と同じ感触だった。温かいはずの仔たちを抱き、またゴシュジンサマの胸の中にいるのに冷たさなど感じるのか?

『これは夢デス?』

ミドリーナはその思考を否定した。寒い風くらいどこにだって吹くものデス。
さあおうちへ帰るデス、おうちへ帰るデス、おうちへ帰るデス、おうちへ帰るデス。

……

それからミドリーナが死んだのは、実に五年ほど経ってからのことだった。

野良になった数少ないスクイージッソウは大体が過酷な運命を辿った。

偽石には実装ペット産業お決まりの強化処置が施されておりパキンによる自死さえ難しかったという。

【終わり】