鍋派万歳 「実装コンフィ」
実装コンフィ――。
コンフィとはフランスで発達した調理法のことで、食材を長期保存させるためのものだ。
方法は食材によって違うのだが、例えば肉類を低温の油脂でじっくりと煮揚げるコンフィや、フルーツに砂糖を加え煮込むコンフィがある。
その調理法に鍋派が目をつけ編み出された実装料理が実装コンフィである――。
「テェェェン! テェェェン!」
「オネチャなかすなレフ~! 」
今日、用意した食材は仔実装が1匹と蛆実装が1匹。
近所の公園から甘言を交えて連れ出し、先ほど料理のための下処理を終えたところだ。
「おねがいテチィ! おうちにかえちテチィ! ちにたくないテチィ!」
「だいじょぶレフ~! ウジチャがついてるレフ~! 」
ハゲ裸に剥かれた仔蟲どもが怨嗟の声をあげる。
多少は知能が発達している姉の方は自分が今置かれている状況を理解しているらしいが、妹の方はそれを理解していないようだ。
まぁ理解していようが、いまいが、どっちにしろこれから訪れる結末は変えられないのならそちらの方が蛆にとっては幸せかもしれない。
そんな仔蟲たちをボウルに放り込み、俺は調理に必要な調味料や器具をキッチンの天板に並べていく。
塩、オリーブオイル、ニンニクチップ、鷹の爪、調理用のジッパー付きビニ袋……、ヤカンも使うか……、こんなところか。
頭の中で調理の順序を整理しながら、塩の入った容器から指で軽く掬うように塩を取り出すと仔蟲たちが入れられているボウルに大雑把に振り入れる。
「チャッー!? いたいテチッー! おめめとれるテチッー!」
「レピャ~! いぢゃいレピー!」
塩が仔蟲たちの顔面にもろに被った。
小枝の様な粗末な腕で目を押さえて、のたうち回る仔実装。
押さえた顔面と、指のない手の間から色付きの涙がダラダラと流れ出した。
蛆実装の方は、人間でいうオデキの様な形の手足をノロノロとバタつかせながら体をくねらせて苦しんでいる。
そんな2匹を両手でむんずと掴み、先ほど振りいれた塩を仔蟲たちの全身に刷り込むように揉み込む。
「テッ……テチッ……! やめ……テチッ……! ちゅ……ちゅぶれ……チ……」
「レプッ……レッ……フェ~……」
全身を握りしめられ、悲鳴を上げるどころか、まともに呼吸も出来ずに声にならぬ声を吐き出す仔蟲たち。
「もう、いいかな……?」
30秒ほど揉み込んだ後に両手を引き上げると、ボウルには塩を刷り込まれ、揉みしだかれ、全身を真っ赤に腫らした仔蟲たちの姿だけが残った。
体は強張りまともに動けない様で時折、ビクッ、ビクッ、と痙攣を起こしている。
「テェ……テェ……」
「レフェ~……」
もはや痛みを訴える元気もないようだ、……がしかし申し訳ないがまだ調理は途中なのだ。
君たちの受難は続く。
俺は調理用のジッパー付きビニ袋を手に取りジッパーを開くと、下味の付いた仔蟲たちをその袋の中に放り込む。
さらに先ほど用意したニンニクチップと鷹の爪を入れ、それらに充分にまとわる程度のオリーブオイルを垂らし入れる。
「テボッ……!? テゴッ!」
「ッ……!?」
仔実装はオリーブオイルで溺れそうになりながらも空気を求め必死に顔を動かす。
蛆実装は完全に水没(油だが)しており油の中でもがいている。
オリーブオイルも注ぎ終えるとジッパーをしっかりと閉じる。
これをいったん天板に置き、待機させている間にヤカンでお湯を沸かす。
ここで重要なのはお湯の温度だ。
ぬるすぎても、熱すぎてもダメだ。
60℃から70℃がいい。
湯加減に注意しながらヤカンを見張っている間も、先ほど仕込んだ「食材」がゴソゴソと身悶える音がする。
「だしテ……チ……、ちん……じゃうテチィ……」
「レヒー……、レヒー……」
数分後――。
「そろそろかな?」
料理用の温度計を台所の棚から取り出し、計測してみるといい感じだったので次に移る。
次に炊飯器を使うのだがまず、お釜に沸かしたお湯を注ぎ、その中に「食材」入りの袋を沈め、炊飯器の蓋を閉めてから保温状態にする。
そうすると簡単に一定の温度で加温し続けられるのだ。
後は待つだけだ。
その待っている間も炊飯器の中からはガサゴソと物音がしたり、蚊の鳴くような声での命乞いが時たま聞こえてきたが、しばらくすると何も聞こえなくなっていった。
約30分後――。
頃合いだろうと炊飯器を開けてみたが、湯気がワッと立ち上ぼり袋の中がよく見えない。
火傷に注意しながら袋の端を摘まんで持ち上げると――。
ジリジリと責め苛む熱湯と、一切の光明と空気が遮断された暗闇の中で、恐れ戦きながらも互いに寄り添い合い生きようとした姉妹の姿が見えた。
2匹は抱き合う姿でコンフィされていた。
塩を刷り込まれ真っ赤に腫れていた2匹の体は、うっすらとしたピンクに変色し、体からは肉汁と思しき液体が沁み出している。
ジッパーを開けると中からうっすらと湯気が立ち上ぼり、袋の中に充満していた匂いが台所に広がる。
熱の通った肉の匂いと、パンチの効いたニンニクの匂いに唾液線が緩む。
仕上げにフライパンで軽く焦げ目をつけて皿に盛れば完成だ。
抱き合う姿のままで盛り付けて仲良し感を演出してみた。
名付けて「実装コンフィ (哀姉妹)」と言ったところか。
実際に食べてみるとコンフィされた実装肉はジューシーで柔らかく、旨味に溢れていた。
また食べたくなる一皿である。
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